2009年08月10日

大原麗子(女優・声優・音楽関連・芸能人 俳優 日本・映画関連)

大原 麗子(おおはら れいこ(=本名同じ)、1946年11月13日 - 2009年8月3日[1] )は日本の女優。

来歴・人物
東京都文京区出身。北豊島高等学校卒業。血液型はAB型。

1964年、ドラマ『幸福試験』(NHK)でデビュー。翌年、東映に入社。佐久間良子主演の『孤独の賭け』が本格的な映画デビュー作[2]。

以後、高倉健の『網走番外地』シリーズや梅宮辰夫の『夜の青春』シリーズをはじめ数々の映画に出演。映画『男はつらいよ』シリーズでは、マドンナ役を2度務めた。テレビでも幾多のドラマで主演をこなし、“好感度No.1女優”の地位を得るに至る。

「すこし愛して、なが〜く愛して」がキャッチコピーの「サントリー レッド」のCMが一世を風靡。レコードも数枚リリースしている。

1973年9月、俳優の渡瀬恒彦と結婚したが、1978年2月離婚。1980年6月、歌手・森進一との2度目の結婚も、1984年破局に至る[3]。表舞台での栄光とは裏腹に私生活は必ずしも恵まれなかった。

1999年から2000年にかけてギラン・バレー症候群の治療のため、芸能活動を一時休止。所属事務所は長年に渡り「オフィス・アール」であったが、晩年は「ワンポイント」に属していた。

2008年11月、自宅で足元がふらついて転倒。右手首を骨折し、ひざを打撲する重傷を負った。ギラン・バレー症候群の影響で身体のバランスを崩したものとみられている。

2009年8月6日、連絡が取れず不審に思い警察に通報していた実弟らによって、自宅で孤独死しているのが発見された。行政解剖の結果、同年8月3日に死亡したことが確認された[1][4] 。事件性はないとされ、死因は不整脈による内出血のためと診断された[5] 。

晩年は母親の介護や自身の療養で公の場に姿を見せる機会はめっきり減ったが、俳優仲間にはちょくちょく電話をかけ、ドラマなどを観た感想を語っていたという[6]。


出演作品

[編集] 映画
孤独の賭け(1965年、東映) - 乾美香
網走番外地 北海篇(1965年、東映)[7] - 弓子
非行少女ヨーコ(1966年、東映) - アコ
男なんてなにさ(1966年、東映) - ミキ  
ドリフターズですよ! 前進前進また前進(1967年、東宝) - ミッコ
喜劇 急行列車(1967年、東映) - 遠藤洋子
不良番長(1968年、東映) - お豊
三匹の牝蜂(1970年、東映) - 美奈
座頭市あばれ火祭り(1970年、大映) - お喜代
大幹部 ケリをつけろ(1970年、日活) - 葉子
奇妙な仲間 おいろけ道中(1970年、東宝) - 矢津子
喜劇 トルコ風呂 王将戦(1971年、東映) - 佐々木礼子
湯けむり110番 いるかの大将(1972年、東宝) - 豆千代
喜劇 黄綬褒賞(1973年、東宝) - チエ
獄門島(1977年、東宝) - 鬼頭早苗
柳生一族の陰謀(1978年、東映) - 出雲の阿国
火の鳥(1978年、東宝) - ヒナク
男はつらいよ 噂の寅次郎(1978年、松竹) - 荒川早苗
セカンド・ラブ(1983年、東映) - 日向一実
居酒屋兆治(1983年、東宝) - 神谷さよ
おはん(1984年、東宝) - おかよ
男はつらいよ 寅次郎真実一路(1984年、松竹) - 富永ふじ子
新・喜びも悲しみも幾歳月(1986年、松竹) - 杉本朝子
源氏物語(アニメーション映画、1987年、日本ヘラルド映画) - 藤壺の宮(※声の出演)

posted by タレントくん at 14:11| Comment(0) | 女優 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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