2009年08月05日

はるな愛(女優・司会者・MC・歌手・アーティスト・タレント・お笑いタレント・音楽関連・映画関連・芸能人 お笑い芸人)

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はるな 愛(はるな あい、1972年7月21日(自称は1976年7月21日[1]) - )は、サンズエンタテインメント所属のニューハーフタレント、お笑いタレント、歌手、女優、実業家。エンジェル・ラブ株式会社代表取締役。


来歴・人物

物心ついた頃から自分が女性だと意識していたという。小学生時代から、女装してものまね番組などに出演。その際の字幕スーパーでは「大西賢治」(本来の字は賢示[2])と表示される。持ち歌は松田聖子の「Rock'n Rouge」など。1985年3月3日放送の『全日本ちびっこ歌まね大賞』(テレビ東京)では、森進一の「北の蛍」を歌って優勝している。

1989年、福井県の九頭竜湖で行われた英語学校の夏季キャンプ(小学生向け)で、未来派少年大西賢示としてリクリエーションにゲスト出演している。この際に、男子高校に通っていたことを話している。また、同年5月25日には大西ケンジとして「チャンス」でレコードデビューを果たしている[3]。

中学生時代はいじめに遭っていた。いじめっ子から避ける為に、ギリギリまで登校しなかったり、昼間は喫茶店にいたりしていた。また、いじめっ子から避ける為に、いじめから守ってもらう代わりに不良グループのパシリであったという。この経緯から勉強はほとんどしておらず、中学時代の成績は悪かったという。このころからニューハーフになろうと思っていたという。また、弟がはるなのタンスの中身が気になり開けてみると、女性物のカラフルな下着が数枚入っているのを見つけたことから、弟はこの頃から、兄が女性になりたいという気持ちがあることは知っていたが、親には話さなかったという。

高校を中退後、しばらくして、1991年、ショーパブ「Tootsie」梅田店で働く。父親に性同一性障害であり、ニューハーフとして働いていることを告白。

1995年、大阪市・わだ形成クリニックにて性別適合手術を受け、身体的に完全に女性となった。しかし、戸籍上の名前は現在も「大西賢示」のままである。これは、「男性と結婚するまで大西賢示でいることが親孝行だ」からだという[4]。声に関しては、元々は女性アイドルの曲を原曲キーのまま歌え、話声も女性と同じ高さだった。しかし、度重なる酷使の為に声帯にポリープが出来てしまい、一時期声が出なくなってしまった。その影響により、かなりのかすれ声である(ネタとして男声を出すこともあるが、素で歌うと男声になってしまう)。また、『上岡龍太郎がズバリ!』でMr.レディーに出演し、「家なき子」のパロディー版「玉なき子」で相沢すずの役を演じた。

1996年頃、春菜愛名義で、『快傑えみちゃんねる』(関西テレビ)にレギュラー出演。以後はアイドル系美形ニューハーフとして、テレビ番組のニューハーフ特集やものまね番組に顔を出している。また、『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』(日本テレビ)などにも出演し、メディア露出が多くなる。素人扱いとしては、『ウッチャンナンチャンの炎のチャレンジャーこれができたら100万円!!』(テレビ朝日)のファイナル電流イライラ棒に一般のチャレンジャーとして登場している(チャレンジ中、アナウンサーから「実は男性です」と紹介された)。

1998年、東京のタレント事務所に所属、上京。DDTプロレスリングで世界初のニューハーフ・マネージャー・デビュー。この頃の芸能界はニューハーフブームが下火となっていた為にタレントとしての活動はほとんど出来ていない。だが、男性であることを隠して働いていたレースクイーンの仕事などで蓄えた貯金でスナック店を開業するなど、事業家として活躍するようになる(現在は、バー1店、鉄板焼き店を2店経営している。鉄板焼き店を経営しているのは、実家が以前お好み焼き店を経営していたことがきっかけ)。

2005年、MEGUMIが恥骨骨折で入院した際、病院で献身的に看病をしたことから野田社長の目に留まり[5]、サンズエンタテインメントに移籍。現在の名義に変え、タレント活動を再開する。

2007年、陣内智則・藤原紀香夫妻の結婚披露宴の2次会で「エアあやや」を披露、その場に居合わせた業界人の注目を集め、モノマネ芸人(あてぶり芸人)として活動するようになる。持ちネタは、松田聖子・松浦亜弥・島谷ひとみ・ビヨンセ・藤本美貴・ホイットニー・ヒューストンなどのモノマネと、横向けにしたVサインを目頭から目じりに移動させて「よろしくピース」などのギャグ。口癖は「言うよね」[6]。最近はそれを始めとして、いろいろな「○○よね」を言うようになっている。

2007年、『ミス・インターナショナルクイーン(MissInternationalQueen)2007』(ニューハーフ世界のミスコン)に出場し、第4位になる(このコンテストにでるため、審美歯科的治療をしている)。

2008年、下半期頃から大ブレイク。骨髄バンク職員の役で舞台『IMAGINE 9.11』に出演。

2009年、1月3日に放送された『週末のシンデレラ 世界!弾丸トラベラー』(日本テレビ系)にてパスポートが映った場面で、一部ぼかしがかかっていなかったため1972年7月21日生まれであることが発覚した。この事実を2009年1月20日発売の『週刊女性』(主婦と生活社)ではるな本人が認めた(下記を参照)[7]。


エピソード

はるなを女性と勘違いしたほっしゃん。にプロポーズされたことがある[8]。最終的に、ほっしゃん。に実名入りの免許証を見せて断った(その時ほっしゃん。は「今は、彼氏の名前で免許証を作ることができるんや!」と、はるなが男であることをすぐには理解できず、錯乱した)。そのエピソードがあるため、ほっしゃん。とはるなが共演する仕事がしばしばあり、現在は友達である。中山秀征の結婚式の4次会で初めて志村けんと会った際、はるなは志村から女性と勘違いされナンパされた[9]。中山秀征からは、共演番組内で「賢示君」と本名で呼ばれることがあり、その際、「本名・大西賢示」とテロップ表示されることがある。

小学生時代、女装して松田聖子の歌まねで大阪の番組に出た際にその司会を務めていた島田紳助に対面し、「将来ニューハーフバーを経営してそう」などと言われたことがある。島田は当時のことを覚えていたが、それが現在のはるなだとは分からず「どこかで見たことがある」と思った程度で、その後『開運!なんでも鑑定団』(テレビ東京)にゲスト出演した際、当時のテレビ映像が出て、はるなが当時の少年だと分かったとのこと。

『クイズ!ヘキサゴンII』(フジテレビ)の1コーナー「仲間を救え!底抜けドボンクイズ」で、女性は通常赤ジャージに着替えてから水落ちするのだが、はるなは例外的に衣装のワンピースで水落ちしたことがある(ただし水落ち後は赤ジャージに着替えた)。

陣内智則・藤原紀香と仲がよく、自宅の合鍵を預けられるほど信頼されている。ブレイクする以前は当時の夫妻の留守中に掃除や留守番をすることも多かった。あまりにも頻繁に通っていたので「陣内が藤原の留守中に女性を自宅に招き入れている」という噂が、週刊誌の記者達の間で流れたこともある。また、陣内が帰宅すると、紀香とはるながお風呂に入っていたこともあり「複雑な思い」と語っていた。 高所恐怖症でもあり、「ヘキサゴンU」や「DOORS 2008」でも挑戦前に泣きわめいたりするほどの怖がりである。
posted by タレントくん at 18:33| Comment(0) | お笑い芸人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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